ニュース解説

【2025年8月18日山陰道正面衝突死亡事故】なぜ車は対向車線へ?

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1. 見通しの良い直線道路で起きた、突然の悲劇

お盆が明けたばかりの朝、またしても命が失われる痛ましいニュースが飛び込んできました。島根県の山陰道で、軽自動車と大型トラックが正面衝突し、軽自動車を運転されていた56歳の会社役員の男性が亡くなられました。

「軽自動車が対向車線にはみ出した」

報道によれば、現場は片側一車線の見通しの良い直線道路だったといいます。なぜ、そんな場所で、車線を隔てるポールをなぎ倒してまで、対向車線にはみ出してしまったのか。このニュースに触れ、多くの方がそう疑問に思ったのではないでしょうか。

実は、このような「センターラインオーバー」の事故は、決して珍しいものではありません。そして、その原因の裏には、誰の身にも起こりうる、いくつかの深刻な危険が潜んでいるのです。

今回はこの事故を題材に、なぜ悲劇は起きてしまったのか、そして「死人に口なし」という状況で、警察や保険会社がどのように真実を突き詰めていくのか、そのリアルな現場をお話しします。

2. 事故の基本情報(報道に基づく現時点の事実)

  • 発生日時: 2025年8月18日 午前8時25分ごろ
  • 発生場所: 島根県安来市上坂田町(山陰道安来道路)
  • 関係者:
    • 軽自動車: 56歳男性(会社役員、死亡)
    • 大型トラック: 55歳男性(運転手、けがなし)
  • 現場状況: 片側一車線の見通しの良い直線道路。中央線にポールが設置。警察は、軽自動車がポールをなぎ倒し、対向車線にはみ出したとみている。

3. なぜ、車はセンターラインを越えたのか?

「対向車線へのはみ出し」が原因の事故の場合、原則として、はみ出した側の過失が100%と判断されます。しかし、我々プロが本当に知りたいのは、その「なぜ?」の部分です。私が警察官や損保の調査員だった頃、こうした事故では、主に以下の3つの可能性を念頭に置いて調査を進めていました。

  • ①【運転手の要因】最も多いが、立証が難しいケース
    • 居眠り運転: 朝の通勤時間帯ということもあり、まず疑われる可能性の一つです。
    • 脇見運転: スマートフォンの操作やカーナビの注視など、ほんの一瞬の不注意が命取りになります。
    • 体調の急変: 心臓発作や脳梗塞といった病気により、運転中に意識を失ってしまうケースです。これは年齢に関わらず起こり得ます。
    • ただ、こうした運転手さん自身の要因というのは、決定的な証拠が残りにくいのが実情です。もしドライブレコーダーがあれば事故直前の様子が分かるのですが…そうでなければ、立証は非常に難しくなります。
  • ②【車両の要因】意外な落とし穴
    • タイヤのパンク(バースト): 特に前輪がパンクすると、車は急激にハンドルを取られ、コントロールを失うことがあります。
    • 整備不良: ハンドル操作に関わる部分の故障など、車両のメカニカルトラブルも可能性としてはゼロではありません。
  • ③【道路・環境の要因】見落とされがちなポイント
    • 路面の異常: 道路上に落下物があったり、オイルが漏れていたりして、それを避けようとして急ハンドルを切った可能性。
    • 動物の飛び出し: 山間部などでは、動物を避けようとした結果、対向車線にはみ出してしまうケースも考えられます。

4. 「死人に口なし」にさせない、警察の捜査手法

今回のように運転手が亡くなられている場合、真実を語ることはできません。だからこそ、警察は残された「物証」から客観的な事実を再構築していきます。トラック運転手の「急にはみ出してきた」という証言を鵜呑みにするのではなく、その裏付けを取るのです。

  • ブレーキ痕の分析: 現場に残されたタイヤの跡は、非常に多くの情報を語ります。急ブレーキをかけたのか、かけずに衝突したのか。それによって、居眠りや意識喪失の可能性を探ります。
  • 車両の調査: 亡くなられた方の車を徹底的に調べ、タイヤの状態やハンドル、ブレーキ系統に異常がなかったかを確認します。
  • 運転手の背景調査: 亡くなられた方の当日の勤務状況や持病の有無などを、ご家族や会社から丁寧に聞き取り、体調急変の可能性がなかったかを調べます。

こうした地道な捜査で客観的な事実を積み重ね、事故原因を特定していく。これが、真実を解明するための警察の仕事です。

5. なぜ保険会社も原因を調査するのか?そこには「もう一つ」の理由がある

では、我々、損害保険会社はなぜここまで詳細に事故原因を調べるのでしょうか。もちろん、相手方への賠償を適正に行うためでもありますが、実は、はみ出した運転手さん自身に関わる、もう一つの非常に重要な理由があるのです。

それが、ご自身のケガを補償する「人身傷害保険」が支払えるかどうか、という問題です。

もし、センターラインをはみ出した原因が、脳梗塞や心筋梗塞といった「病気」による意識喪失だった場合、保険の約款(ルールブック)によっては、人身傷害保険の支払いの対象外となってしまう可能性があるのです。

だからこそ、私たちは警察の捜査とは別に、ご遺族への聞き取りや当日の運行状況などを詳しくお伺いし、事故原因が「病気」ではなかったか、という点を慎重に確認する必要があるのです。これは、保険のルールに則って、適正な保険金をご遺族にお支払いするための、非常にデリケートで重要な業務でした。

6. あなたの身を守るための「鉄則」

この悲しい事故は、決して他人事ではありません。見通しの良い一本道だからこそ、油断が生まれやすいのです。

  • 【鉄則①】「体調の違和感」を無視しない
    • 少しでも眠気を感じたら、迷わず休憩を取る。胸の苦しさやめまいなど、少しでも「おかしい」と感じたら、絶対に運転を続けないでください。その小さな勇気が、あなたと、そして対向車線を走る誰かの命を救います。
  • 【鉄則②】運転は「運転だけ」に集中する
    • スマートフォンは、マナーモードではなくドライブモードに。カーナビの操作は、必ず安全な場所に停車してから。その「ちょっとだけなら」という油断が、取り返しのつかない結果を招きます。

7. おわりに

見通しの良い直線道路での正面衝突。それは、ほんの一瞬の油断や、予期せぬ体調の変化が、いかに恐ろしい結果を招くかを物語っています。特別な魔物が潜んでいるわけではなく、日常のすぐ隣に危険は存在しているのです。

この記事が、あなたのハンドルの握り方を、ほんの少しでも見直すきっかけになれば幸いです。亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

ABOUT ME
はちわれサクラ
はちわれサクラ
万年巡査長
元・警察官 × 損害保険会社の事故調査員。 ひき逃げ、死亡事故から保険金の不正請求まで、様々な交通事故の調査を経験。 法律の条文ではなく、事故の「現場」を語ります。「元・中の人」の実務目線で、リアルな情報だけを解説。 (現在はセミFIRE中)
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