【車の盗難】盗んだ犯人が起こした事故の責任、なぜ所有者が負うケースがあるのか?

1. 「盗まれた俺が、なんで払うんだ!」車の所有者を襲う、悪夢のようなシナリオ
ある夜、あなたが自宅でくつろいでいると、警察から一本の電話が。
「あなたの車が、ひき逃げ事故を起こしまして…」
あなたは驚いて駐車場を見に行くと、そこにあるはずの車がありません。盗難です。
犯人があなたの車を盗み、事故を起こして逃げたのです。
あなたは思います。「俺は被害者だ。事故の責任は、100%盗んだ犯人にあるはずだ…」
しかし、あなたの車のカギの管理状況によっては、盗まれたあなた自身が、犯人が起こした事故の損害賠償責任を負う可能性があるのです。
「そんな馬鹿な!」と思いますよね。
この、にわかには信じがたいルールの背景には、「保有者」と「運行供用者」という、2つの少し難しい法律用語の関係が隠されています。
2. 「保有者」と「運行供用者」…何が違うの?
この2つの言葉、似ているようで全く意味が違います。
- 保有者
- 一言でいうと:その車を正当な権利で使っている人。
- 具体例:車の所有者(あなた)、レンタカーを借りた人、友人から正式に借りた人など。
- ポイント:自賠責保険の対象になる人(被保険者)です。
- 運行供用者
- 一言でいうと:その車を事実上コントロールし、利益を得ている人。
- 具体例:車の所有者(あなた)、そして、車を盗んだ犯人も含まれます。
- ポイント:人身事故の賠償責任を負う可能性のある人です。
お気づきでしょうか。
車を盗んだ犯人は、車をコントロールしているので「運行供用者」ですが、正当な権利はないので「保有者」ではありません。
つまり、犯人が起こした事故では、犯人自身を対象とした自賠責保険は使えないのです。
だからこそ、被害者は考えます。
「お金を持っているか分からない犯人より、自賠責保険に入っている、車の『保有者(所有者)』に責任を追及できないだろうか?」と。
3. 責任の分かれ目。それは、あなたの「カギの管理」
では、どんな場合に、盗まれた車の所有者にまで責任が及んでしまうのでしょうか?
裁判所が重視するのは、「あなたの車の管理体制が、泥棒運転を容易にさせてしまわなかったか?」という点です。
【所有者の責任が『認められた』ケース】
国道沿いの誰でも出入りできる駐車場に、カギをつけたまま、ドアもロックせずに車を駐車。盗難されてから約2時間半後、120kmも離れた場所で事故が発生しました。
裁判所は、「誰でも盗めるような状態で車を放置した、所有者の管理責任は重い」として、所有者の賠償責任(運行供用者責任)を認めました。(大阪地判H13.1.19)
このように、カギをつけっぱなしにするなど、極めてずさんな管理をしていた場合、「あなたは泥棒運転を容認していたも同然だ」と判断され、責任を問われる可能性が高まります。
【所有者の責任が『否定された』ケース】
路上に駐車する際、ハンドルロックをかけ、エンジンキーもしっかり抜いていました。しかし、何者かに盗まれ、約9時間後に事故が発生しました。
裁判所は、「所有者として、やるべき保管措置は取っていた」として、所有者の責任を否定しました。(大阪地判H11.7.21)
つまり、普段から当たり前の防犯対策(施錠、キーの抜き取り)をしっかり行っていれば、たとえ盗難されて事故が起きても、所有者であるあなたが責任を問われる可能性は極めて低いのです。
4. 無断運転でも「容認」と見なされる、親しい間柄のワナ
盗難だけでなく、「無断運転」も注意が必要です。
特に、親しい友人や後輩、家族が、あなたに黙って車を運転して事故を起こした場合。
裁判所は、「本当に無断だったのか?」を厳しく見ます。
- カギの置き場所を、相手が知っていたか?
- 普段から、車の貸し借りに近い関係だったか?
- 相手が無免許だと知っていたのに、カギを安易な場所に置いていなかったか?
こうした状況があると、「あなたは、相手が運転するのを暗黙のうちに容認(黙認)していたでしょ?」と判断され、車の所有者として責任を負うことになるのです。